「日本製」というタグは、縫われた場所を示しているだけです。パターンが体に合っているか、仕上げが丁寧かどうかは、その3文字からはわかりません。値札の隣に並ぶこの表示に、実際以上の意味を読み込んでしまうことは、思っているより多いのではないかと思います。
TRENTE ET UNの服の大半は、パリで学んだパターンをもとに、東京のとあるアトリエで縫われています。設計と縫製が別の場所、別の担当者の手に分かれて進む服が多いなかで、この距離の近さが仕上がりにどう関わっているのか。縫製という工程そのものから見えてくることを書きます。
「日本製」が示していること、示していないこと
「日本製」が実際に保証しているのは、基本的には縫われた場所と、それに付随する労働・品質管理の基準です。原材料がどこで作られたか、パターンを引いたのが誰かは、この表示の範囲には含まれていません。
つまり同じ「日本製」でも、パターンの精度や仕上げにかける手間は、縫製を担うアトリエごとに大きく異なります。場所を示す表示だけでは、良し悪しの判断材料としては、生地の番手の数字と同じくらい情報が少ない。どこで縫われたかより、どう縫われたかのほうが、実際に袖を通したときの印象とは近いところにあります。仕入れ先を国内に絞ることと、縫製そのものの精度を高めることは、本来別の話です。
混率が変われば、縫い方も変わる
この違いが具体的に表れる場面のひとつが、Harmonie(ウール・シルク・リネンの三種混紡スーツ)の工程です。ウールは高温のスチームによく反応し、押さえた形を保とうとします。シルクは同じ温度で艶を失いやすく、リネンは一度ついた折り目が戻りにくい。三つの繊維が一枚の生地に同居している以上、どれか一つの性質に合わせた設定は、残り二つのどちらかに負担をかけることになります。
そのため、実際の工程ではパーツごとにアイロンの温度と圧を、その都度、生地の反応を見ながら判断することになります。決まった設定を流していく工程ではなく、途中で手を止めて確かめる工程です。裏地に縫い付けられたブランドラベルや、内側の玉縁ポケット、その端で控えめに施された刺繍のような細部も、同じ理由で最初から最後まで機械送りにはできません。一枚の裏地を留める針目の数だけ、判断が挟まっていることになります。
小さなロットが可能にする調整
Harmonieには、既製の3サイズに加えてカスタムサイズの選択肢があります。決まった型紙を当てはめるだけでなく、縫製の段階で個別に調整する余地を残しているということです。
大量生産のラインでは、こうした調整はそのままコストに直結します。同じ工程を数千着分繰り返すことを前提に組まれたラインでは、一着ごとに縫い代の取り方を変えることは想定されていません。小さなロットで縫うということは、この前提を持たないということでもあります。速さよりも、合わせる余地を優先する選択です。仕立てにかかる時間や手数は増えますが、その分だけ、体型や着用シーンに合わせて調整できる幅が生まれます。同じ型紙から出発しても、最後に手を入れる分だけ、仕上がりは一着ごとに少しずつ違ってきます。
この余地は、量産に入る前の段階でも生きています。縫い上がった一着を試着し、気になった箇所があれば糸を一度解いて縫い直す。工程数の多い大規模ラインでは後戻りのコストが大きくなりがちな作業ですが、ロットが小さいうちは、この後戻りを前提に組み立てることができます。
パリで学んだ型と、東京で縫う手のあいだ
パターンは、紙の上では正確でも、実際の生地で立体になったときに初めて分かることがあります。生地の張り、伸縮の方向、縫い代のわずかな誤差——これらは縫い手が針を進めながら気づき、判断していくものです。肩の収まりひとつをとっても、紙の上の角度と、実際に生地を張ったときの角度は、わずかにずれることがあります。
パターンを引いた人物と縫う人物が離れているほど、この気づきをフィードバックする経路は長くなります。TRENTE ET UNでは、パリで学んだ型の意図を、縫い手に直接伝えられる距離を保つことを、これまで意識してきました。修正のやりとりに時間がかからないというのは、単なる効率の話ではなく、型の意図が薄まらずに一着に反映されるかどうかの話でもあります。
東京で縫い続ける理由
私たちは、自分たち自身で型を設計し、東京で大半を縫うという体制を、当面変えるつもりはありません。パターンを引いた意図と、それを生地に落とし込む縫い手の判断のあいだに、距離を置きたくないためです。
「日本製」というタグの裏側には、こうした細かな判断の積み重ねがあります。タグそのものは多くを語りませんが、その積み重ねは、着たときの馴染み方として、いつか伝わるものだと考えています。
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