19歳のパリ
19歳の秋、佐藤匡時はひとりパリへ渡った。
手荷物よりも多かったのは、服への問いだ。「なぜ、ある服を着ると人は背筋が伸びるのか」「素材と構造とデザインは、どのように交わるのか」——その答えを求めて選んだのが、フランス・パリの名門服飾学校「ESMOD PARIS」だった。
ESMODは1841年創立。テーラリングとモデリズム(パターン作り)の教育で世界に知られる学校だ。そこでディプロム(修了証)を取得する傍ら、佐藤はパリのブランド〈Marc Le Bihan(マークルビアン)〉にモデリストとして在籍した。
クチュールの現場で学ぶことは、教室とはまったく違った。寸法の取り方、生地の表情の読み方、縫い代ひとつの意味——すべてが生きた技術として体に入ってきた。
帰国後も変わらないもの
帰国後、佐藤が軸に据えたのは3つだ。
パターン。素材作り。デザイン。
この3つを切り離さず、一人の人間が一貫して関わることにこだわった。パターンを理解しているからこそ、素材の特性を活かした縫製ができる。素材を自ら選ぶからこそ、デザインが空論にならない。
「構造的でありながら、シンプルに見える服」というのが、佐藤の言葉だ。複雑な工程が内側に隠れており、まとった人だけがその違いを感じる——それがTRENTE ET UNのスタイルになった。
「一張羅」という言葉
ブランド名「TRENTE ET UN(トロンテーアン)」は、フランス語の慣用句から来ている。
Se mettre sur son trente et un — 「一張羅を着る」「最上の装いをする」という意味だ。
日本語の「一張羅」という言葉は、もともと仏教用語の「一帳羅」が語源とも言われる。手持ちの中で最も大切な、とっておきの一着。それを着る瞬間には、何か特別な意志がある。
TRENTE ET UNが目指しているのは、その「一張羅を着る瞬間」のための服だ。しかし同時に、日常着としても成立してほしいとも思っている。特別な日にしか着られない服ではなく、日常の中にさりげなく存在し、ふとした瞬間に「今日はこれを着てよかった」と思えるような服。
「日常と特別のあいだ」——それがTRENTE ET UNの居場所だ。
素材から作るということ
佐藤がパリの現場で学んだことのひとつに、「素材が服の8割を決める」という感覚がある。
TRENTE ET UNのウォッシャブルシルクは、国内唯一の絹紡糸メーカーが開発した特別な糸を使用している。そのメーカーはシャネルやグッチといったメゾンブランドにも素材を供給しており、繭の精練方法にこだわった絹本来の風合いが評価されている。
洗えるシルクを日常に取り入れるというアイデアは、「美しいものが使えないのはおかしい」という思想から生まれた。クリーニングに出さなければ着られない素材は、生活の中での出番が限られる。でも毎日洗えるなら、シルクが日常着になる。
素材から服を作る——それがTRENTE ET UNのクラフトマンシップの起点だ。
東京から
TRENTE ET UNのコレクションは、東京を拠点に作られている。
パリで培った技術と哲学を持ちながら、東京の感性と日本の職人技術を重ねた服。グローバルでありながら、ローカルの誇りを持つ。
ウール・シルク・リネンの三種混紡スーツ「Harmonie(アルモニー)」は、そのすべてが詰まった一着だ。3種の素材がそれぞれの最善を引き出し合い、着るたびに体に馴染んでいく。単なる「高い服」ではなく、時間とともに育つ服。
おわりに
服は、着る人の一部になる。
TRENTE ET UNは、その瞬間のために作られている。パリで学んだことも、東京で続けてきたことも、すべてはそのための準備だったと、今は思う。
Se mettre sur son trente et un.
あなたの「一張羅を着る瞬間」を、ともに作りたい。
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